伊東ドン・マンショ像(遊歩公園彫刻群)

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所在地

大分県大分市大手町(遊歩公園)

料金

無料

駐車場

利用可能時間

いつでも見学可

エリア名

大分市中心街

ジャンル

【芸術・文化】彫刻・銅像

アクセス

【徒歩】JR大分駅から約15分
【バス】JR大分駅から大分交通・大分バスで6分、県庁前バス停下車。バス停から徒歩1分(時刻表検索

織田信長時代の天正7年(1579)、九州のキリシタン大名大友宗麟、有馬晴信、大村純忠は来日した宣教師のヴァリニャーノの勧めを受け、少年使節団をローマ教皇に派遣することとなりました。

13歳の伊東マンショは宗麟の正使、また少年使節団の主席正使として派遣されました。。

天正10年(1582)2月、少年使節団はローマを目指して長崎の港を出発。
2年半後の天正12年(1585)3月、待望のローマ入りをしました。

少年使節団は、時のローマ教皇グレゴリウス13世に日本の服装で拝謁しました。
さらにヨーロッパ各地で歓待され、キリスト教だけでなく、西洋音楽や印刷技術も学びました。

天正18年(1590)に8年ぶりに帰国したものの、宗麟は3年前にこの世を去っており、待っていたのは秀吉の厳しい禁教令でした。
その後、伊東マンショは神父として、ひそかに匿れキリシタンに布教を続け、43歳で病没しました。

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